この記事のポイント
- 思いがけない問題が発生!職員間のマインドの違いからすれ違いに
- 配置基準の2倍に増員。働きやすい園から、保育士が学びあえる組織へ
- 業務の生産性を高めるために取り組んだICT化
募っていく疲弊感と相次ぐ離職。保育士の増員を決意
風の森が1園目となる保育園を開園したのは、2014年。当時は、国の配置基準に則って保育士を配置していました。しかし、休憩や休日がほとんど取れず、残業も発生してしまう日々。募っていく先生たちの疲弊感と相次ぐ離職を受け、翌年に配置基準の1.5倍に保育士を増員することを決めました。それにより、60分の休憩が取れるようになり残業もほぼゼロに。有給も取りやすくなり、完全週休2日制を実現しました。
しかしその後、思いがけない問題が発生しました。職員間に生まれたマインドの違いです。
「働きやすさに舵を切ったことで、働きやすさだけを追求する職員が集まってしまった。“がんばっても損”という風潮が蔓延り、がんばろうとする先生が追いやられてしまった」
そう話すのは、風の森を統括する野上美希さん。一時は人間関係が悪化し、職場環境が悪くなってしまったこともあったそうです。
保育士の働きやすさだけでなく、子どものためにできることを主体的に考えられるような環境が必要――。
働きやすい園から、保育士が学びあえる組織に
開園から6年、美希さんは国の配置基準の2倍に増員することを決意。子どもの成長について話し合う会議の時間を増やし、勤務時間内に研修を受けられるようにするための増員でした。
「子どもの今の状態は何を訴えたいのか。保育のプロとして、子どもの心の動きを冷静に受け取らなくてはならない。環境の改善によって、先生たちがそこに気持ちを向けられるようになった」と美希さん。働きやすい園から、保育士が学びあえる組織に生まれ変わったと感じたそうです。
人を増やすだけでは働き方改革はできないことを痛感した風の森。これまで美希さんとともに改革に取り組んできた野上巌さんは、ボトルネックは「人を多く採用したときの人の活かし方」だと振り返ります。
巌さんによると、よくあるのは「少し増やしてみたけど変わらなかった」という経営者の声。はじめは人が増えてよかったと思っても、子どもを見る大変さは変わらない。増員した体制でなければ対応できなくなってしまったり、クラスごとの配置の違いが保育士の不満につながったりしてしまうこともあるそうです。
「増員した分を子どもに寄り添う時間や保育士の働きやすさの改善、保育の質向上に還元する。これはどれも必要。現場の納得感を得られないと満足感にはつながらない」と、経営者と現場とでベクトルを合わせる重要性を強調しました。
誇り高い仕事と向き合える時間を
さらに、業務の生産性を高めるために並行して取り組んだのがICT化です。保護者とのコミュニケーションは連絡帳アプリに移行し、各種イベントも電話受付からフォームでの受付に切り替えました。
「保育の世界に入ったとき、日々成長していく子どもに寄り添える保育の仕事を、先生自身が生涯の仕事として誇りをもっていると感じた。その思いを再び思い起こせるような環境にしていきたい」と美希さん。
2023年4月、国は保育士を手厚く配置した施設に運営費を加算支給する方針を示しました。これまでメディアとともに配置基準の重要性を訴え続けてきた美希さんと巌さんは、この方針が改善の第一歩と感じる一方で、採用難の加速を懸念。「潜在保育士が戻ってこれるような環境に業界全体でしていくことが大切」と叶えたい未来を教えてくれました。
社会福祉法人風の森(東京都)
野上 美希さん・野上 巌さん
70年の幼稚園運営実績をもとにした幼児教育のノウハウを活かし、杉並区で6つの保育園を運営。就労環境の改善や保育士のキャリア形成に力を入れている。